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小説「1%の不安と意気地なし」は「小説家になろう」に投稿していて、当ブログへは遅れて掲載します。

盗られて嫌われて嫌いになって 4

1%の不安と意気地なし

 

 小学三年生になった一九七七年の夏休みは伯父の家へ行くことなく、朝から小学校の校庭でラジオ体操に参加したり、自転車やプールで遊ぶなど同級生たちと夏休みを思い存分楽しめました。実はこれまでラジオ体操に参加したことがなく、はじめて出席カードを手にしたのです。カードの裏面には大好きなお菓子の写真が。ラジオ体操初参加で出席スタンプで埋め尽くされたカードを見ると、やっとふつうの小学生になれた、そんな気になりました。

 秋には伯父と伯母の間に二人目の女の赤ちゃんが誕生しました。冬休みに赤ちゃんの誕生のお祝いのついでに、祖母のことも気になるから顔を見てくると言って母一人で伯父の家へ出かけました。これまでなら絶対に僕も連れて行かれていたのですが、母に真相を話したことで家にいることができました。僕にとっては本当に心安らかにすごせた小学三年生となりました。

 

 

 宿題がなく一番気楽にすごせる春休み。昨年の春休みは改築のお披露目で伯父の家へ行きましたから、ちょうど一年が経過しました。小学校へ入学するまでは一年の半分を〝田舎〟ですごしていたから、今回のように一年も訪れない期間があるのは初めてのこと。だからなのか広島から伯父と智子が実家へやってくることに。伯父は野球が大好きで特に高校野球の大ファン、僕の家から高校野球の全国大会が行われる球場は近いので、一年以上会っていないことを口実に僕の家に泊まって野球観戦、というところでしょうね。

 初日は広島から直接野球場へ行ったようなので昼間は同級生たちと遊べましたが、夕方から翌朝までは伯父も智子も家にいます。できるだけ伯父や智子に近付かないように、近付いても目を合わせないように、とにかく関わりを持たないようにした僕。居間にしかテレビがなく夜七時になると見たい番組もあったけど、居間にいれば伯父や智子との接触の機会ができてしまうから、テレビ案組は我慢して自分の部屋に閉じこもっていました。漫画を読んでいたら時間なんて簡単に潰せますから。

 しかし伯父とまったく話をしないし、すぐに部屋に閉じこもる僕をおかしいと思ったのか、

「直樹、どうしたんだ? どうして話もしないんだ?」

「だって、僕のことが嫌いなんでしょ? 智子がいればそれでいいんでしょ? だから広島へ行っても僕とは話もしないんでしょ?」

「直樹を嫌っているわけがないよ、智子ははじめての子供だからどうすればいいのかがわからず、ただ必死になっていただけだから……。以前みたいに長くいなくてもいい、一日か二日くらいでいいからまた〝田舎〟へおいで。お祖母ちゃんも寂しがっているし……」

 

 でも、伯母が。それに〝田舎〟は消滅したし――。

 

 そう言いかけたけどその言葉は飲み込んで、

「行ってもすることもないし……」

 とだけ言った。

 

 もう、行きたくないから――。

 

 と言っても良かったのかもしれないけど、その言葉を発する勇気がなかった。伯父に嫌われていると思いつつ、心の中ではその言葉を発したら伯父に嫌われる……、そんな矛盾した気持ちがあったのかもしれないです。

 

 

 伯父に居間へ来るように促されたけど、僕はそのまま部屋にこもっていた。しばらくすると智子が部屋にやってきた。

 

 また面倒な子が入ってきた――。

 

 智子が自分の意思で僕の部屋に入ってくるとは思えず、母か伯父に部屋に行ってきなさいとでも言われたのかな。

「直くん……、抱っこ……」

「うん? 抱っこ?」

「ここ」

 智子は僕の足を指差した。面倒だなと思いながらも智子を抱き上げて、椅子に座る僕の足に智子を乗せた。

「かきかきしたい……」

 学校で使う自由帳を出してきて鉛筆を持たせてみた。智子は何やら丸を描いたり、線をたくさん引いたりしだした。

「これ、直くん……」

 どうやら僕の顔を描いたらしい。人間の顔に見えなくはないけど、描かれてうれしいとは思えない出来だった。智

 子が書いたページをちぎってその絵を持たせて足から降ろし、

「バイバイ」

 と言って智子に向かって手を振った。

「いや」

 智子は拒否して、また僕の足に乗ろうとする。

「お父さんのところへ行っておいで」

「いや」

「いやじゃないの、お父さんのところへ行きなさい!」

 ちょっと睨むような眼差しをして言ったら、怖かったのか部屋を出て行った。ひょっとしたら泣いていたかもしれない。小さな子供は弟で少しは扱い方がわかっているつもりだったけど、智子はどこか勝手が違う。

 女の子だから?

 普段は会うことがない遠くに住む親戚だから?

 智子のことが嫌いだという感情が強いから?

 少なくとも、この時点で智子に対する感情に良い部分はまったく無い。ただ当初のような伯父を智子に盗られたという感情は薄らいでいて、伯父はその場その場で自分にとって都合のよい選択をする人だという思いの方が強くなっていた。だって伯父の家だと伯母がいるから僕を無視するし、今は伯母がいないから昔の伯父に近い言動をしている気がするもん。

 それ以上に今は伯母のことが怖いし、振る舞いを許すことができないという感情が強い。ひょっとすると智子とはどう接すれば良いのかがわからずただ鬱陶しいだけで、以前より嫌いという感情は薄まっているような気もするけど、自分でもよくわからない。

 

 

 翌日も伯父は野球観戦へ行くそうで、朝早くから支度をしていた。

「智子、支度して行くよ」

 智子は朝早くて機嫌が悪いのか、しきりにイヤイヤばかりして伯父の手を焼かせている。

「智子だけお留守番するの? みんなお出かけして誰もいなくなるよ」

 伯父の問いかけにイヤイヤしてとにかく拒否する智子。小さな子供は弟しか知らないけど、女の子はみんなこうやって駄々をこねるのかなと思ったりもした。

 そして、僕ももっと早くに伯母に蹴り飛ばされたことを話し、今の智子のように明確に伯父の家へは行きたくないと拒否の姿勢を示すべきだったと思った。

 智子と視線が合うと僕のほうへ歩み寄ってきて足につかまり、

「直くんと遊ぶ……」

「直くんはお勉強があるから遊べないよ、お父さんといっしょに行こう」

 この言葉に激しく首を左右に振り、

「いや、直くんがいい……」

 二歳半の子供ってこんなにはっきりと意思を示すものなんだなと思いながら、この鬱陶しい状況をどうやって打破していくべきかを考えていたのですが、

「智ちゃん、とおる(弟)やおばちゃんといっしょにいよう」

 母の言葉に智子は激しくイヤイヤして、僕の足をつかんで離れません。

「兄ちゃん、智子を置いて野球を観に行って。直樹、ご飯やおやつを食べたら離れるから大丈夫、今日は仕事は休みだからあとは母さんが面倒を見るから」

 母がそう言うので従ったのですが、智子はご飯やおやつの間は離れてくれるけど、食べ終わればすぐにくっついてきては、

「抱っこして」

「お馬さんごっこして」

 と次々注文を出してくる。

「智ちゃん、直くんはお馬さんなんて無理よ」

「やだ、直くんと遊ぶ!」

 母も智子をたしなめるのですがまったく効果がなく、ずっと僕にくっついてきます。ほとんど会ったこともないのにどうして僕にばかりくっついてくるんだろう。智子と年の近い弟の徹には近付きもしないのに。

 ご飯とおやつの時以外はずっとくっついてきて、いやいやして、ぐずって、泣いて、そして疲れ果ててようやく静かになりお昼寝してくれた。何だか疲れて遊びに行く気力もなくなっちゃった。やっぱり智子のことは好きになれないよ。

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