お知らせ

小説「意気地無しなばかりに」は「小説家になろう」に投稿していて、当ブログへは遅れて掲載します。

始まる 18

始まる

 妻のせつこも新しい人生を歩み始めた。

 

 妻はやはり俺となおこの高校時代の関係を知っており、なおこが突然家に現れたのは俺を奪いに来たのだと感じていたという。なおこと俺の高校時代と同じように、同僚女性との浮気疑惑となおこの急接近で、俺は絶対に離れていくと思ったという。

 結婚当初から心底俺のことを信じ切れなかったからか、夜は俺が求める回数よりはるかに多く、俺を頻繁に誘ってきた。少しでも多く抱かれていれば、俺が離れていく危険性も低くなると思っていたらしい。

 でも同僚女性との浮気疑惑が発覚する少し前から、俺は妻をまったく誘うことがなくなっていた。俺自身はそんなことを意識していなかったけど、妻は絶対に何かある、浮気し始めたんじゃないかと疑っていたらしい。そこへ腕組みして歩いていたという目撃情報がなおこから寄せられ、たぶんその同僚女性ではなく、なおことの関係が深まるような気がしたという。焼け木杭やけぼっくいに火が付くはずだと感じたようだ。

 

 夜は俺に抱かれるように仕向けてはいたが、ずっと寂しさを感じていたといい、パート先で知り合った男性と不倫関係にあったという。そして俺がなおこと関係を持った日、妻はその相手と旅行に行っていたという。子供たちもその男性とは面識があり、四人で温泉旅行に行っていたそうだ。

 おかしいと思ったんだ、妻が実家へ出かけるときは必ず俺に車で送り迎えしてほしいと頼んでくるのに、今回は子連れなのに送り迎えを頼んでこなかったのだから。

 そして温泉旅行から帰ってきて、ソファに長くて茶色い髪が落ちているのを見つけた。すぐになおこを迎え入れたのだと思い、もう俺と暮らすのは無理だという気持ちを固め、その不倫相手との生活を選んだ。

 

「ねえ、なおことやり直すの?」

「いいや、もう連絡も取っていないし、今どこにいるのかも知らない。スマホを変えたらしくて連絡の取りようもないからね」

「私が留守中に招き入れたのは事実でしょ」

「前にも言ったけど、押しかけられたんだよ。でも一度だけ抱いたのは事実だから、もう言い訳もしないよ」

「それは私も……、でも、寂しかったの、お休みの日にはいつも家族で過ごしてくれていたけど、どこか寂しくて……」

「もういいよ、無理して生活する必要はない。お互いに新しい道を歩めばいいよ」

「けんじ、ごめんね。でもそのやさしさに一抹の寂しさと不安を感じてしまったの……」

 

 なおこと一度だけ交わった三カ月後、俺とせつこはお互いに新しい道を歩み始めた。

 思い、考え、行動、出会い、そのすべてが新しい生き方が始まるきっかけになった。

 同僚女性も既婚で年上の同僚との接点を作ることで、社内での地位や自分の立ち位置を構築していく、始まるための第一歩だったようだ。

 

 女性たちは新しく始まる歩みを進みだしたが、俺は失うばかりで何も始まろうとはしていない。

 何も……。

タイトルとURLをコピーしました