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小説「意気地無しなばかりに」は「小説家になろう」に投稿していて、当ブログへは遅れて掲載します。

始まる 10

始まる

 彼女とは今宵たずねるお店の最寄り改札で待ち合わせした。何となく魚が食べたかった俺は、新鮮な魚が食べられると評判だったお店を選んだ。その店はビルの一〇階にあり、窓に面した席に横並びで座って、夜景を楽しみながら食事をするスタイルだった。

「和食屋さんっぽくない、おしゃれな店ですね。よく来られるのですか?」
「いや、初めてだよ。会社で美味しい魚が食べられる店をたずねたらここを勧められたんだよ」
「わたしのために探してくれたのですか?」
「それもあるけど……、俺が魚を食べたいなと思ったから」
「ふーん、今日は飲もうかな……」
 あまり飲まないと言っていた彼女だが、今日は店員に勧められて白ワインを注文した。赤ワインだと魚の生臭さが強調されることがあるので避けたほうが良いとのアドバイスからだ。俺は甘口の日本酒にした。おちょこでチビチビやるからそれほど量を飲まずに済むから。
「恋愛もしたいけど、あと一歩が踏み出せないんですよ。躊躇してしまうというか、ダメだったらどうしよって先に考えちゃうのもあるし……」
「大恋愛して結婚寸前までいったのに破局した……、みたいな経験でもあるのかな?」
「わかりますか? 実は大学生の頃にこの人といっしょになろうと約束しあった彼がいて、でも別れたんです、捨てられちゃって……」
「そういう経験からあと一歩が踏み出せない、怖いのかな……」
「本当に、怖いというのがピッタリかな……」
 彼女は俺より早いピッチで飲み進めて顔は真っ赤に染まってしまい、やや愚痴っぽくなっている。

 

 店を出るとチラホラと雪が舞っていた。俺も彼女もお酒で体が熱くなっているから、冷たい夜風が気持ちいい。
 しばらく風に吹かれてから近くのカフェで、酔い冷ましがてらお茶した。
「今日は誘ってくるのかなと思いましたけど……」
「誘われても断るだろう」
「今日は付いていったかもしれません」
 好きな人には最後の一歩が出せないという彼女が、俺にはどんどん踏み込んでくる。それはつまり〝男〟としては見ていないからにほかならず、俺の前で素のままの彼女を出せるだけということ。でもその素のままを覆い隠したりせずに直接被せてくるから、被せられた側は勘違いしてしまってその気になってしまう。そういう意味からしても彼女はやはり悪女だ。

 

 カフェから出ると彼女は腕を組んできたが、俺はまっすぐ駅へ向かった。腕を組んだまま駅前の横断歩道を渡っていると、
「あっ!」
 と言って指を差された。

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