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小説「意気地無しなばかりに」は「小説家になろう」に投稿していて、当ブログへは遅れて掲載します。

始まる 12

始まる

 高校で同級生だった女性に腕を組んで歩いていたところを見つかり、そのことを妻に報告されたわけだが、俺としては会社の同僚である彼女とのこれ以上の〝進展〟を止める良いきっかけになったので、これはこれで良かったのだと思った。会社でそのことを彼女に話し、これ以上一緒に食事に出かけることはできないと断って以降彼女は挨拶程度は交わしてくるものの、別の同僚男性へつきまとうことが多くなったようだ。何を企んでいるのかはわからないが、とにかく俺は彼女が吐き出す糸によって雁字搦めにはならずに済んだようだ。

 

 いざ女性との接点がなくなると寂しく感じてしまうし、大人の恋愛というものを久しぶりに楽しみたいという気持ちもあったわけだが、でも冷静に考えれば家庭に不和を招くことを避けられたのだから、ここはやはり喜ぶべきことだと思うようにした俺だった。

 

 妻に浮気を疑われて少し険悪な空気も流れつつあったが、あれから一カ月が過ぎると何もなかったかのように妻と接するようになったし、夜だって依然と変わりがなく交わっている。もちろん妻の心には少しのヒビが入ったかもしれないが、そのことを感じさせないようには振舞ってくれているので、休日にはこれまで以上に家族と過ごす時間を増やしていったし、会社からもほぼ毎日直帰するように心掛けていた。

これで大人の恋愛事情は始まるどころか終わりを迎えるはずだったのだが……。

 

 同僚の彼女と最後に食事に出かけてから二カ月が過ぎた週末、会社から帰宅すると来客が俺を待っていた。

「久しぶり……、じゃないか、二カ月ぶりね」

 俺が女性と腕を組んで歩いていたと妻に報告してくれた高校の同級生〝なおこ〟が遊びにやってきていた。

「そっかあ、あの時以来だね」

「高校生の頃から浮気癖があったよね、だからまたかと思っちゃった……」

「変なこと言うなよ、浮気癖だなんて……」

「なおこ、けんじの浮気癖って何? 高校生の頃何かあったの?」

「せつこ、冗談で言っただけよ。けんじの浮気も何も、高校生の頃に付き合っていたなんて話も聞いたことがないわよ」

 妻の名はせつこ、俺の名はけんじ、三人は名前で呼び合う仲ではあった。そして俺となおこは高校生の頃から名前で呼び合っていた。高校生の頃、俺となおこは付き合っていたのだが妻はそのことを知らない。そして俺の浮気で別れることになったことも当然知らない。

 高校生の頃からの浮気癖、それは事実だった。

 

 妻が席を外している間になおこが、

「あの彼女とは何もなかったの?」

「本当に何もないよ、食事行っただけさ。あの日だって食事してからお茶しただけで、そのまま帰ったのだから」

「たしかに、駅に向かって歩いていたものね。でも誰に見つかるかわからない人通りの多い場所で腕を組んで歩くのはダメよ」

「あれも勝手に腕を組んできただけだよ……」

「けんじは腕を組むより恋人つなぎするほうが好きだったよね……」

「そうだったかな……」

「うん、学校への行き帰りもいつも恋人つなぎして歩いていたもん」

 そんな話をしている最中に妻が戻ってきてからは世間話に切り替えて、夜遅くまで談笑していた。

「けんじ、せつこ、遅くまでごめんね、浮気疑惑も晴れたみたいだし、また遊びに来ます」

「なおこ、いつでも歓迎するよ」

「浮気疑惑って……、俺は当分その話でいじられそうだな……」

 二人でなおこを駅前まで送って楽しかった週末の夜は終わった。

 しかし大人の恋愛が始まるのはここから……。

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