店を出て二人で夜の街を歩く。
「まだ時間は良いですか? お茶にでも行きませんか?」
時間は夜八時を回ったところだし、誘いに応じて近くのビルの三階にあるカフェに入った。
俺はテーブル席に座ろうとしたのだが、
「あっちのカウンター席に座りませんか?」
彼女の誘いに従い、窓際にあって夜の街を見下ろすことができるカウンター席に落ち着いた。
近付いてきたウェイトレスに彼女も俺もコーヒーを頼んだのだが、
「コーヒーって珍しくないですか? 会社で見ているといつも紅茶を飲んでいるイメージがあるのですけど」
たしかに普段は紅茶ばかり飲んでいるが、
「モツって少し油がくどいから、口をさっぱりさせようと思ってコーヒーにしたんだ」
「モツって苦手でした?」
「いいや、苦手ではないよ。しかし、俺が紅茶ばかり飲んでいるってよく知っているね」
「会社ではいつもずっと遠くから見ていますから」
「え?」
「でも月曜日に出社したら、遠くから見ることはやめます」
「そうですか」
「遠くから見るのはやめて、用事を作っては横に行って話しかけます」
「……」
「いやですか? いやならばしませんけど」
「いやとかではないけど……」
「よかった、じゃあ月曜日からはできるだけ横に行ってお話しします」
「でも、職場だしさ、俺は独身じゃないし、周りの目があるし……」
「別にお付き合いしている人みたいにベタベタするわけではないし、少しお話しする程度ですから。仕事の話とか、もっと聞いてみたいことがたくさんあるし」
その後も彼女はいろいろな話をしてきたが、俺に対していったいどのような感情を持っているのかな。ただ何となくだけど、彼女は恋愛感情ではなく話がしやすい男性の先輩社員として捉えているのだろう。それならば俺も変な気を起こさずにすむし、少し息抜きする時間として活用するのは良いのかもしれない、そんなことを思った。
この時点で俺の中からは、大人の恋愛へ繋げていこうという気持ちが完全に消え失せた。
そのつもりだったのだが……。